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川島ブログ 

コミュニケーション能力に関するブログを書いています。筆者は元引きこもり、ニート、現在はダイレクトコミュニケーションの講師をしている川島達史です。

対人恐怖症克服期11 もう二度と会えない

対人恐怖症克服期11 もう二度と会えない

 

・6文字の記号

1週間音信不通だった女の子から、着信がありました。中身をみると

 

「モウアエナイ」

 

と6文字の記号が並んでいました。

 

あたりはとてもいい天気でした。雲ひとつない晴天で、学校から帰るときも青々とした空が気持ちよかったことをよく覚えています。本当に天気が良く、歩いているだけでどこかフワフワとした気分になってしまいます。

 

6文字の記号を読んだ私は、青々とした天気の中で何か非現実的なものを突き付けられている感覚に陥りました。夢の中で言われたような気がしてそれが実際に私の身に起こったことだという感覚になることができませんでした。そうかあ~もう二度と会えないのか~とどこか能天気にふるまっていました。

 

 

・感情に蓋をする癖がつく

女の子から拒絶されたという事実は、全く出会いのない男子高校生の私にとって無人島で唯一いた女の子がいなくなってしまったように、絶望的なものになるはずでした。しかし、その事実に直面化すると、どうにかなりそうな気がしました。

 

夢の中であった出来事にように、どこか「自分とは別の生き物に起こった感覚なのだ」と他人事のように振舞っていました。実際、私は、無表情で、演技的にその女の子と話していました。別人格の私拒否されたという感覚があったのです。

 

別人格の私が振られたのであるから、本当の自分をわざわざ出して、傷つく必要はない。感情に蓋をして何も感じないようにすれば、楽しいという感覚も少なくなるが、同時につらいという感覚も少なる。

 

・もう二度と会えない事実を冷笑する

青々とした晴天の中、ポケベルを握り締めながら、私はなぜか笑っていました。それはどこかひねくれた笑いでした。いびつな決断をするねじ曲がった笑いだったと思います。

 

私はそれ以来、かなり長くの間、女性のことを魂のある血肉化した愛すべき存在というものではなく、対象化された分析すべき生物としてみるようになりました。

 

女性を生物として観察するような、分析するような、ただ性の対象としてみるような感覚です。そう接すれば、いちいち傷つくことはありません。ある意味で私は女性を馬鹿にするような価値観を持つことで、受け入れられなかったことは、たいしたことではないと自分を偽るようになったのです。

 

・偽りの生活

高校時代の私は最初の失恋から女の子に対して心を閉ざしながら接するようになりました。周りの友達が色気づき始めたこともあり、たまに女の子と遊ぶ機会もありました。出会った女の子と付き合あったこともありました。

 

しかし、誰かと一緒にいることは自分を偽り続けなくてはならないため、知らず知らずのうちに大きなストレスとなっていました。表面的には無表情で、無感情で傷つかないように装っていても、心の奥底では消化しきれない不の感情がどろどろと蓄積していきました。 

 

 

「対人恐怖は、恥かしがる事を以て、自らふがいないことと考え、恥かしがらないようにと苦心する『負けおしみ』の意地張り根性である。・・・自ら人前で、恥かしがることを苦悩する症であって、いわば羞恥恐怖というべきものである。」

森田正馬

 

 

・引きこもりへの階段

恋愛についてもがき苦しんでいるのと同時期、私はもうひとつの問題を抱えるようになっていました。高校生にとっての切迫した問題である受験がじわじわと迫ってきていたのです。

 

私は大学受験で実に中途半端な行動をしてしまい、劣等感の塊になってしまいます。そして引きこもりへの階段を登りはじめたのです。

 

 

 

 

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当ブログでは、日常のコミュニケーションのコラムや対人恐怖の克服体験、起業について執筆中です。対人恐怖の克服について興味がある方は参考にして頂けると幸いです。

 

・軽度対人恐怖時代    1~32

・引きこもりピークに   33~56

・フリーター時代     57~82

・2年間の会社員時代   83~128

 

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