川島ブログ 

コミュニケーション能力に関するブログを書いています。筆者は元引きこもり、ニート、現在はダイレクトコミュニケーションの講師をしている川島達史です。

対人恐怖症克服期13 距離を置くことに全力

 対人恐怖症克服期13 距離を置くことに全力

 

・父親との会話は拷問

 私の母親は女子高で教師をしていました。部活がある日はご飯を作らないで学校に行く日もありました。そんな時は父親が私の食事の世話係になっていました。とは言っても父親は料理をしません。私の住んでいた町にはある中華屋があります。母親がいない日は父と私の2人で外食をすることが習慣になっていました。

 

しかし、困ったことに中華屋でご飯を食べるには、お店までの3分間を父親と一緒に歩かなくてはなりません。さらには注文をしてから料理が届くまで、5分あまりを不機嫌な父親と直面化しなくてはなりません。

 

当日の私にとっては拷問に等しいことでした。毘沙門天のような恐ろしい(?)態度の父親と2人きりで会話をするなど考えられません。父親と距離を置くアイデアだけは創造的であった私は、毘沙門天との会話を避けるため、ある作戦を思いつきました。それは「注文だけして5分後に到着する作戦」です。 

 

 

・ボソッと呟く

中華屋に行く時間になると、父親が「いくぞー」と部屋にどかどか入ってきます。私は

父親と会話をしたくないために、

 

「チャーハン・・・先行ってて・・・」

 

とボソボソ父親に注げました。(親にオーダーをするとは何様だ)と感じたのか父親は明らかに不機嫌な表情をしていました。ただそれ以上何も言わず父親は先に中華屋に向かいました。

 

私はそろそろチャーハンが出来た頃だと思うと、家を出て店に入りました。すると私の優秀な作戦通りチャーハンがちょうど出てきたようでした。私は目の前にいる父親に何も話しかけず、父親も私に何も話しかけず、ご飯を食べ、食べ終わると、食べ終わっていない父親を尻目に、さっさと店を出て自分の部屋に帰っていきました。

 

 

・出勤時間をずらすようにする

高校生の頃は私と父親の出勤時間はほぼ同じでした。ただ私は女子高生との兼ね合いもあり、父親と微妙に時間をずらしていました。しかし、ある日たまため不可抗力で親父とほぼ同タイミングで家を出ることがありました。

 

私は父親と歩いている姿を

女子高生の集団に絶対見られたくなかったので

 

 

「お父さんと話すことは何もない!」

 

 

とひどいことを言ってしまい、せっかく同じタイミングで出勤したのにものの10秒程度一緒に歩いただけで、そそくさと先に歩いて行ってしまったのです。父親がどこかがっかりしたような姿になっていたことを今でもよく思い出します。

 

 

 

 

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当ブログでは、日常のコミュニケーションのコラムや対人恐怖の克服体験、起業について執筆中です。対人恐怖の克服について興味がある方は参考にして頂けると幸いです。

 

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