川島ブログ 

コミュニケーション能力に関するブログを書いています。筆者は元引きこもり、ニート、現在はダイレクトコミュニケーションの講師をしている川島達史です。

対人恐怖症克服期36  どもり悪化-ついに雀荘も怖くなる

 対人恐怖症克服期36  どもり悪化-ついに雀荘も怖くなる

 

・どもりが悪化

父と兄は軽いどもり(吃音)があります。話している途中につかえたり、低音でボソボソとした話し方をします。軽度なので日常生活に支障はありません。ただ話す印象としてはどこか内向的で暗い話し方になってしまいます。私も同様に軽いどもりを持っています。3人とも同じような話方をするのでおそらく遺伝性のものなのでしょう。

 

軽いどもりはあるものの、高校生の頃まではあまり気にしたことがありませんでした。しかし、2年間ほとんど会話をしていなかったこと、会話をすることが精神的にとても苦痛になっていたこと。それらが原因だったのか、私のどもりは急速に悪化していきました。ただでさえ表情恐怖や過剰な対人不安があったのに、それに加えてどもりまで始まってしまったのです。

 

・同卓者からの罵倒

雀荘では、「ポン」とか「ロン」とかが伝われば充分ゲームに参加できます。けれど、そんな簡単な単語ですらうまく出てこなくなっていました。搾り出すように声を出すのですが、蚊が鳴いたような小さな声しかでません。 

 

相手から「ちゃんと言えよ」と怒られることもしばしばでした。唯一の居場所であった雀荘で、どもって声すら出せない自分。恥ずかしくて心が苦しくて、どこかに消えてしまいたい気持ちでいっぱいでした。

 

 

 ・連声型症状が悪化

私が特に苦手だったのが話し始めでした。例えば、立ち食いそばやで「そば・うどん」の希望を伝えなくてはなりません。

 

状態がいい時は

 

「うどんをお願いします。」

 

 

とスムーズに言えるのですが

調子が悪い時は

 

 

「う・・・う、う、うどんをお願いします。」

 

 

と言葉のはじめがうまく出てこないのです(連声型症状と言います)。この症状は講師をしている今でもたまにあります。特に長時間講義をしているときや、プレッシャーがかかる場面では出てきてしまいます。

 

今はもう良い意味であきらめてしまっているのですが、当時はとても恥ずかしいことだと感じ、とにかく話す機会を極力避けるようになっていきました。

 

 

・唯一の居場所も失う

大学4年の冬頃になると、どもりが特に悪化し、発音をしなくてはならない雀荘にいくのさえ嫌になってきました。雀荘は唯一の私の居場所でした。唯一の社会との接点を失い、ついに私は引きこもり生活へと進んでいきます。

 

 

 

 

 

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当ブログでは、日常のコミュニケーションのコラムや対人恐怖の克服体験、起業について執筆中です。対人恐怖の克服について興味がある方は参考にして頂けると幸いです。

 

・軽度対人恐怖時代    1~32

・引きこもりピークに   33~56

・フリーター時代     57~82

・2年間の会社員時代   83~128

 

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