川島ブログ 

コミュニケーション能力に関するブログを書いています。筆者は元引きこもり、ニート、現在はダイレクトコミュニケーションの講師をしている川島達史です。

対人恐怖症克服期43 偉人たちの教え

対人恐怖症克服期43 偉人たちの教え

 

・理不尽な否定がなくなる

 ソクラテスは世の中に絶対的なものはない。と教えてくれました。そのおかげで、私は自分を完全に否定する根拠を失い、理不尽に否定することが少なくなりました。もちろん、引きこもり生活をしていて、自信がつくわけもないのですが、少なくとも自分は死んだほうがよい存在だとか、言い切れなくなっていました。

 

ソクラテスは、この世に絶対的なものはないけれど、「正しく生きなさい」と主張しました。事実ソクラテスは、自分が正しいと思うことをはっきりと言い過ぎたために、死刑になってしまいます。死刑になってもザルな刑務所だったので脱走できたらしいのですが、ソクラテスは、「正しいこと」から逃げずに死を受け入れました。

 

 

「世の中のことは疑ったらきりがない。君が引きこもりであったとして、それを責める誰かがいたとしても、確実な根拠があって責めているわけではない。君を責めている誰かも、君そのものも、わかっているようでわかっていない。元来たいした人間ではないんだよ。だからそう根拠のないことでメソメソせず、どうせ生きるなら正しいと思うことを大事にしていきなさい。」

 

 

ソクラテスにそう言われた気がしました。「正しいことが何なのか?」それは当時の私にはわかりませんでしたが、哲学というものはこんな根本的なことを扱う学問なのかととても新鮮な気持ちになりました。

 

 

 

それから私は毘沙門天から小銭を盗んでは、

古本屋の哲学コーナーに通うようになりました。

 

 

ソクラテスが「正しいことをしなさい」ということを言っていたので、

古本屋に行って、値段を確認してから、その値段分だけ

深夜に盗むという正しい行動をとるようになっていきました。

  

 

・我思う、ゆえに我あり

 

引きこもり生活をしているとふわふわとした状態になり、「自分」という存在があやふやになってきます。生きているのか、死んでいるのか。その辺があやふやになってくる感覚です。そんなときにデカルトの本をよみました。

 

デカルトは「我思う、ゆえに我あり」という言葉を残しています。「この世に確実なものなど何一つないけれど、何かに疑問を持ったり考えたりする自分は疑いなくいる」という考えを学びました。心に響きました。

 

悩んだり考えたりしている自分は確かに存在している。僕は確かに生きている。自分の存在がおぼろげになっていた私。デカルトの考えは、私の胸にすっと落ちていきました。

 

 

 

哲学はおもしろい。

こんなに面白い学問があったのか。

ニートで引きこもりの私は

哲学の勉強を続けました。

 

 

 

 

 

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当ブログでは、日常のコミュニケーションのコラムや対人恐怖の克服体験、起業について執筆中です。対人恐怖の克服について興味がある方は参考にして頂けると幸いです。

 

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