川島ブログ 

コミュニケーション能力に関するブログを書いています。筆者は元引きこもり、ニート、現在はダイレクトコミュニケーションの講師をしている川島達史です。

対人恐怖症克服期51  視線恐怖裁判

対人恐怖症克服期51  視線恐怖裁判

 

 ・目を見ることが怖い

 引きこもり生活から脱出することを決めた私、認知行動療法をはじめ、「視線恐怖」の改善にチャレンジするようになりました。当時の私は人の目を見ることを極端に恐れていました。運悪く目があってしまったときは大変でした。バチっと体中に電流が走るような感覚がありました。

 


実は視線恐怖の決定打となった出来事が大学3年の頃にありました。会計士試験で疲れ切った私は、憔悴した顔で駅前を歩いていました。このとき、ティッシュ配りのお姉さん(ちょっとヤンキーっぽい)がティッシュを配ろうとしてきたのです。しかし、特に必要もなかったので、悪気はないのですが無視して歩いていきました。

 


すると背後から
「睨まないでくれる?」
とそのお姉さんに怒られたのです。

 

私としては確かにティッシュを取らなかったのは、申し訳なかったですが睨んだつもりはまったくありませんでした。真顔で歩いてるだけで、睨んでいると思われるなんてなんて。

 

僕の目は攻撃的に違いない・・・

 

それ以来私は、自分の目つきは悪いと思い込み、相手を傷つけないように目を合わせないようになっていったのです。

 

 

このように1回の事実から、断定的に物事を決めつけてしまうことを「過度の一般化」と言います。私はこの1回の事実から、私の視線は攻撃的であるという過度の一般化をしてしまっていたことに気がつきました。

 

 

 

・最悪な自分を見られたくない

もう一つ人の目が怖くなった原因が、ダメな自分を見られたくないという思いです。当時、散髪もまともにせず、体重も80キロまで増えていました。洋服も毎日同じものを着ていて、無職で、親のスネをかじって過ごしていました。

 

とてもではないですが自分に自信を持つことができません。自分に自信がない状態というのは、人から見られていることが非常につらい状態になります。

 


馬鹿にされるに違いない・・・
嫌な思いをさせるに違いない・・・
自分のように価値のない人間が
誰かの視界に入ってはいけない・・・

 

 

このような考えに囚われていました。コミュニケーションをするとき、ちょっとでも相手に馬鹿にされたような感覚があると、それ見たことか!やっぱり馬鹿にされた!と感じるくせがついていました。これは「選択的知覚」と言われる認知の歪みでした。

 

私は、ひきこもる前の数少ない人との会話を思い出すと、絶えず相手のネガティブな感情を探す癖がついていることがわかりました。ちょっとでもネガティブな感情を向けられると「やっぱり本信は僕のことを馬鹿にしてるんだ」と断定してしまっていたのです。まさに、相手のネガティブな感情を過剰に「選択的に知覚」する癖がついていました。

 

 


・視線恐怖裁判

認知行動療法の勉強をはじめると私は自分裁判を開廷しました。その結果、過度の一般化や選択的知覚があることに気がつき、 

 

 

*僕の目線は確かに無表情でいると攻撃的に見えることがある。これは一定の事実だけど、少しほほを上げるだけで印象はずいぶん変わる。自信がない状態で、いきなり目をみることができるようになるのは難しいから少しずつ目を見て話せるようにしよう。

 

 という考えに修正することができました

 

 

視線恐怖については結局、認知行動療法を始めてからもなかなか治らず2年以上はかかったともいます。それでも認知行動療法は、治療のきっかけになったと感じています。

 

 

認知行動療法のほとんどの症状が自分に当てはまり、私は驚きとともに、「心理療法」と名のつくものをかたっぱしから試すようになりました。認知行動療法の次に印象に残ったのが「森田療法」でした。

 

 

 

 

 

 

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当ブログでは、日常のコミュニケーションのコラムや対人恐怖の克服体験、起業について執筆中です。対人恐怖の克服について興味がある方は参考にして頂けると幸いです。

 

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