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川島ブログ 

コミュニケーション能力に関するブログを書いています。筆者は元引きこもり、ニート、現在はダイレクトコミュニケーションの講師をしている川島達史です。

コミュニケーション能力コラム38 はじめやすく 続けやすく 辞めやすく 戻りやすく ②

コミュニケーション能力コラム37 はじめやすく 続けやすく 辞めやすく 続けやすく 戻りやすく ②

 

先日健康的なコミュニティについてブログを書きました(前回のブログ)。今回はその続きです。

 

① いろんな人がいてOk 

② 人物本位である

③ どうせ自分なんて・・・と考えない

④ 病市に出せ(やまい いちにだせ)

⑤ ゆるやかにつながる

 

という岡先生の主張はとても示唆に富むものでした。5つの原則はこれからのコミュニティ作りに役立てていきたいと考えています。

 

そしてこのコミュニティの原則に追加したい考えが1つあります。

 

 

それは、

「コミュニケーションを当たり前に学ぶことができる文化の醸成」

です。

 

 

・コミュニケーションを学ばない社会

コミュニケーションという活動は、人間の本質に関わる活動です。戦争、自殺、喧嘩、ビジネス、恋愛、虐待、交渉、犯罪・・・あらゆるところにコミュニケーションは存在します。幸福感とコミュニケーションには強い相関関係があり、私達の人生を決定付ける活動です。

 

 

しかし、なぜか?私たちはしっかりとそれを学んでいません。せいぜい書店に行って、自己啓発の本を読むぐらいです。もちろん、日常生活を通した学びはありますが、しっかり体系的に学習する機会が絶対的に不足していると感じています。

 

 

・恥ずかしい事ではない

なぜそのような状況になっているのか?それはコミュニケーションを学ぶことはどこか恥ずかしいという感覚があるからだと感じています。たとえば、講座に6年通ったとします。生徒さんが他の方に継続していることを誰かに伝えると、「ええ?コミュニケーションの勉強を6年もしているの?」という印象を持たれるのです。

 

例えば、柔道とか、華道、ジムであれば、6年続けると賞賛されます。しかし、どういうわけか「コミュニケーションスキルをしっかり継続してトレーニングすることは恥ずかしい」という感覚が社会全体にあるのです。

 

しかし、なぜ?人と人とのかかわりを考え、切磋琢磨することが弱い人間なのでしょうか?なぜ恥ずかしいことなのでしょうか?明確な根拠はありません。ステレオタイプ的な解釈でしかないのです。

 

 

・遠すぎる心理療法

ジムに10年通ったらすごいね!となります。健康的だね!となる。しかし、心の健康、生活の健康の為にコミュニケーションを学ぶとなぜか批判される。コミュニケーションはあらゆる日常に根ざしている活動なのにも関わらずです。

 

私は高校1年ぐらいから徐々に心を病み始めした。大学卒業して引きこもりになって、はじめて心理療法という存在を知りました。今の仕事にたどり着いたので結果的には良かったのですが、心理療法であったり、コミュニケーションを学ぶ身近な機関が身近にあれば、あんな思いはしなくても済んだと思います。

 

とにかく心理療法やソーシャルスキルトレーニングはアクセスが悪すぎるのです。日常的に使うものにも関わらず、どこか別世界にあるような感じがします。

 

  

・対人コミュニケーションを学ぶことは必ず文化になる

私は「コミュニケーションを当たり前に学ぶことができる文化」を新しく創りたいと考えています。柔道とか、華道とかと同じように、ずっと続けて勉強を続けることによってより、コミュニケーションを磨き上げていく。

 

柔道や華道は何年も継続すると賞賛される。それと同じようにコミュニケーションも長年練習を重ねて、段々と洗練させていく。そのような文化を創りたい。

 

 

・対人コミュニケーションを学ぶことは必ず文化になる

今毎月継続している生徒さんは200人いらっしゃいます。1人には30人がかかわっています。生徒さん200人は6000人とつながっているのです。

 

もしダイコミュがもう少し大きくなって、1万人受講者が出れば、30万人に好影響がでます。そしてその30万人は900万人とつながっています。そうすれば社会的な影響力が出てきます。

 

 

コミュニケーションの問題が改善されていけば、社会の様々な活動が活性化していきます。ちょっと話が大きくなってしまいますが、生産性の向上によりGDPも向上します、恋愛も活性化して、少子化問題も改善するかもしれません。犯罪率も減り、治安が回復します。精神科にかかる医療コストが減り、医療費の削減に繋がります。虐待もいじめも減ると思います。

 

はい!根拠は希薄です。

でもきっとそうなる

という確信があります。

 

そして

そうしなくてはなりません

 

 

そのためには継続的に、健康的に、金銭的にもそこそこの値段を維持しながら、長期的に学びを得られるコミュニティを作成しなくてはなりません。「当たり前にコミュニケーションを学べる敷居の低い文化・機関」を地域に醸成しなくてはならないのです。

 

 

・はじめやすく やめやすく 継続しやすく もどりやすく

最近、はじめやすく 続けやすく 辞めやすく  戻りやすくという言葉が頭の中をぐるぐると回っています。身近にコミュニケーションを学ぶ場があって、そこにはいつでもアクセス可能である。もちろん、離れることもできるし、いつでも戻れる。

 

継続して勉強をすることや、出戻りすることが当たり前になる文化ができる。そうすると、社会の幸福感や争い事は減っていくと思うのです。そんなコミュニティを創りたい。岡先生の本を読みながらそんなことを考えました。

 

 

頑張らねば。

 

 

このシリーズ1と1回だけ続きます。

次回は「コミュニティと依存」

の関係について考えたいと思います。