川島ブログ 

コミュニケーション能力に関するブログを書いています。筆者は元引きこもり、ニート、現在はダイレクトコミュニケーションの講師をしている川島達史です。

コミュニケーション能力-講座の軌跡189 あがり症編 人前に立つという恐怖の仕事

コミュニケーション能力-講座の軌跡189 人前に立つという恐怖の仕事

元引きこもりの私は、25歳の頃に400万円を貯め、コミュニケーション講座を開催することにしました。1年近く生徒さんが集まらず、資金が枯渇してしまいましたが、ついに、はじめての生徒さんが応募してくれたのです。

 

・コミュ力低下

私は来る1か月後の講義に向けて本格的な準備をはじめました。しかし、ここで大問題があることを自覚させられたのです。

 

それはコミュ障再発という問題でした。

 

私はとにかく生徒さんを集めるために、ホームページ作りに没頭していたために、3か月あまりほとんど人と話していませんでした。

 

・講師デビューなんてとんでもない状況

私は、対人恐怖とうまく付き合えるようにはなっていましたが、治ったわけではありませんでした。そもそもこの病は治るというものではなく、いつでもむくむくと沸き起こるものなのです。

 

私は、今でこそ告白してしまいますが、当時とてもではないですが、講師としてデビューできる精神状況ではありませんでした。

 

お金なし

経験なし

失敗すれば廃業

対人恐怖 

相談相手なし

 

 

こんな崖っぷちの状況で、

 

明るく、楽しく、笑顔で!

 

なんてストレオタイプ的なコミュニケーション講座の講師としてのデビューできるわけはなかったのです。講義の日程が迫れば迫るほど、酸素がどんどん薄くなるような錯覚を覚え、窒息しそうになっていました。

 

私にはあまりの恐怖に喫茶店のアルバイトを直前でバックレてしまい、迷惑をかけてしまったという悪しき実績がありました(バックレた時のブログはこちら)。自分の講義でそれをしてしまったら、それは人生の終わりを意味します。そのトラウマも自分を苦しめました。

 

・練習を再開する

気が付けば、人と会話をするにも声が出ず、極度に緊張しやすくなっていることに気が付きました。コミュニケーション講座の講師をするのに、対人恐怖症が再発していたのです。

 

私はもがくように毎日6時間程度、講義の模擬練習をすることにしました。引きこもりの時と同様、アイドルの写真や、漫画のキャラクターを拡大コピーして並べ10人程度に講演しているような風景を作って練習しました。

 

1週間程度でわずかばかりカンを取り戻したのですが、やはり漫画や写真だとどうも、動きがなくて単調になってしまいます。

 

・兄貴を練習台にして模擬講義

そこで私は、実家に帰ってきていた兄を捕まえ、観客になってもらって、練習をしました。雑誌相手に練習を重ねる分には、問題なかったのですが、いざ兄を前に講義をしようとすると「あがり」が全身を支配していきます。

 

兄を目の前にすると、頭と体がフリーズしてしまい、第一声が全く出てきません。あがりというのは本当に迷惑な体の仕組みです。ご先祖様はどうしてこんなはた迷惑な体の仕組みを私に遺伝させてしまったのだろう・・・と嘆きました。

 

実際、私は身内の兄が1人いるだけで、私は緊張で声が震え、うまく講義ができません。応援してくれた兄も、こいつ大丈夫か?という表情でした。

 

・人前に立つという恐ろしい仕事

コミュニケーション講座というのは講師にとって非常にプレシャーが大きいことがわかりました。

 

以前の会社は環境系の会社だったので、「環境計測機」という商品がありました。ホテル業であれば「客室」「食べ物」というサービスがあります。

 

しかし、コミュニケーション講座というのは、何一つ、提要する物理的なサービスはないのです。あるのは「コミュニケーション」しかないのです。人前に自分という人間をさらし、そして納得してもらえる講義をしなければ、すぐに生徒さんはやめてしまうだろう。

 

 

しかし、時間は止まってはくれません。

 気が付けば講座まであと1週間を切っていました。

 

 

どう考えても今の心理状況ではまともな

講義ができるわけがない・・・

 

 

そう確信を深めていきました。